研究紹介

先進ナノ構造・デバイスプロセス

電解析出プロセスを微細構造形成プロセスと組み合わせて応用することにより,ナノ・マイクロスケールのデバイス素子を開発しています.宇宙分野やエネルギー分野での実用化を視野に,以下に記載のある「熱電変換デバイス」および「ビットパターン媒体」の研究に加え,外部団体との各種共同研究も行っています.

 

熱電変換デバイス

熱エネルギーを直接電気エネルギーに直接変換可能な熱電変換デバイスは,昨今のエネルギーの多様化の促進により,身の回りにある微小なエネルギーの利用・環境発電の観点から注目を集めています.熱電変換素子を小型化することで,様々な端末・機器への搭載が可能となり,例えばウエラブル端末としての利用が期待されます.

小型の熱電変換素子の作製において,電気めっき法はドライプロセスに比べ低コストで,成膜速度が速く,導電性のある部分にのみ材料を析出させることができるという特徴を有しています.

これらの特徴を活かして,当研究室ではマイクロサイズのΠ型熱電変換素子の作製および出力の向上に取り組んでおります.

熱電変換材料の作製

当研究室では,室温付近で高出力が見込まれるBi-Te系材料に着目し,電気めっき法による作製を行っております.得られたBi-Te薄膜は膜組成によってゼーベック係数の正負が異なり(正ならp型,負ならn型),電析条件の探索をしました(Fig. 1).また種々の条件から最適化した条件でパターン基板への電析を行いました(Fig. 2).

Fig. 1 Value of Seebeck coefficient

Fig. 2 SEM images of patterned electrodeposit

熱電変換素子の作製

最適化した電析条件で,Π型熱電変換素子作製を試みています.50×50 μm2のパターンに20 um電析を行い,Ni上部電極を作製しました(Fig. 3).その後,熱電変換素子の出力測定を行いました(Fig. 4).当班では上部電極のサイズを1.65倍にすることで4.57倍出力を向上させることに成功しました.

Fig. 3 SEM images of Π-structured device

Fig. 4 Performance of device

現在は素子作製条件の最適化,新規材料の探索を行うことで更なる特性の向上を試みています.

ビットパターン媒体

数Terabit/inch2の超高密度記録を可能とする次世代型磁気記録媒体として,ビットパターンドメディア(BPM)が研究されています.BPMはナノメートルスケールの強磁性体を基板上に規則配列させた強磁性ナノドットアレイから構成されており,1ドットが1ビットに相当します.BPMの研究において,ナノドットアレイの作製手法の確立という課題に対し,当研究室では,磁性体金属の位置選択的析出,均一形成,精密形成を特徴とする電解析出法により,予めパターニングした基板へ強磁性材料を充填するウェットプロセスを適用してきました.強磁性材料としては,超高記録密度で必要とされている高い一軸結晶磁気異方性定数,Kuを示すCoPtに着目して検討を進めています.パターニング手法としては,大面積にパターンの一括形成が可能なUVナノインプリントリソグラフィ(UV-NIL)と超微細なパターンをマスクレスで形成が可能な電子線リソグラフィ(EBL)を用いています.UV-NILを用いたプロセスでは,実際に記録再生が可能な媒体の作製のため,書き込み性能向上の役割を担う軟磁性裏打ち層を付与したガラスディスク基板上へCoPtナノドットアレイを作製しました.また,EBLを用いたプロセスでは,微小領域への磁性体金属充填の基礎検討として,ナノメートルサイズの微細孔に電解析出法によりCoPtを充填し,1 Terabit/inch2に相当する25 nm周期のナノドットアレイの形成に成功しています.さらに,我々は電解析出法の基礎的なパラメーターである印加電位がナノドットアレイの結晶構造に及ぼす影響を定量的に解析し,BPMで理想とされている,均一かつ高い結晶性を示す単結晶構造のCoPtナノドットアレイの形成を達成しています.現在は,CoPtよりも高いKuを示し,BPM応用への次世代材料として提案されている FePtに材料に対して本プロセスを応用し,高い磁気特性を示すナノドットアレイ形成に関して検討を進めています.

図1-1 UVナノインプリント法を用いたガラスディスク基板上へのナノドットパターンの形成.

図1-2 UV-NIL(a)およびEBL(b)を用いて形成したナノドットパターンに対し電解析出法により作製したCoPtナノドットアレイのSEM像.

図 1-3 印加電位の制御により形成した単結晶構造を持つCoPtナノドットアレイの断面TEM像(a)全体像,(b), (c)拡大像

プラズモンセンサ界面計測

貴金属ナノ構造近傍において生じるプラズモン共鳴によってラマン散乱光が著しく増強される現象である,表面増強ラマン散乱(SERS)を応用した測定手法は,高表面感度に由来した高い表面選択性や,“その場”(in situ)観察が可能である,等の利点を有しており,特に,一般に解析が困難な傾向のある様々な界面プロセスの解析に向けた応用が期待されています.当班では,そのようなSERS測定を可能にするプラズモンセンサの開発に取り組んでおり,またそれを応用した電極表面プロセスの解析や,固体表面上の薄膜の精密解析などを行っています.

 

薄膜解析

自己組織化単分子膜の深さ方向のプロファイリング

(3-Aminopropyl) triethoxysilane (APTES)はシリカなどの固体表面上に自発的,規則的に集合しながら吸着し,自己組織化単分子膜(SAM)と呼ばれる単分子層レベルの膜を形成することが知られています.これによって,固体表面に様々な機能を与えることが可能であり,シリカ基板上へのナノサイズの金属粒子の接着や,細胞成長の促進などに応用されています.APTES単分子膜の更に高度な応用のためには,膜の内部構造の詳細な解析が必要ですが,単分子膜レベルの内部構造を詳細に解析することは一般的に非常に困難です.

このテーマでは,高表面感度・高表面選択性を有するSERSを,0.1 nmレベルで高さを調節できるピエゾステージと組み合わせて利用し,APTES単分子膜の深さ方向のプロファイリングに取り組んでいます.例えば,深さに応じてAPTESの各特徴的なピーク(Ag-N振動,NH2振動,O-Si-O振動)の強度が変化する様子が得られています(図1左側).またこの結果から,APTESの単分子膜の構造を提案しています(図1右側).

図1 APTESの各ピークの深さ方向の強度分布(左側)とそこから推定されるAPTES単分子膜の構造の模式図(右側) .

表面増強ラマン散乱を用いた相転移及びAPTES自己組織化単分子層の融解温度の推定

当班では,表面増強ラマン散乱(SERS)を用いて,APTES自己組織化単分子層の経時的相転移の観察を行っています.APTESは,シリコン基板上にアミノ終端膜を作製するのに必要となる典型的なオルガノシラン体であり,ガラス上の重合膜接着の促進,タンパク質接着体や細胞成長の促進,シリカ基板上への金属ナノ粒子の接着に用いられています.しかし,温度変化などの外的要因により,不規則なAPTES単層は,デバイスの特性や性能を下げてしまうため,均一な単層構造の融解プロセスの理解は,その応用のために必要不可欠となっていますが,APTES自己組織化単分子層の相転移(融解)プロセスについては,未だ研究例が非常に少ないのが現状です.

ここで,シリカ表面上におけるAPTESは,自己組織化した場合では,融点より高い環境温度下であっても融解しないことが知られています.それゆえ融点は上がるため,標準のAPTESサンプルと比べ,APTES SAMには特有の融解プロセスがあると考えられています.しかし,薄膜構造のサンプルを扱う際には,内部構造の詳細な解析は非常に困難となります.そこで我々は,anti-Stokes及びStokes表面増強ラマン散乱を用いて,APTES単層内部の相転移プロセスのメカニズムを調べ,融点の推定を行いました.そのため,時間分析測定を用い,in situラマンスペクトル変化を観察しました.この結果を用いて,加温条件下におけるAPTES SAMの構造変化の詳細な議論,及び相転移の算出を行ったところ,APTES SAMの配列結晶構造の相転移は,118℃付近で起こると結論づけられました.

図2 APTESの加温中における算出した温度分布(左)と相変化プロセスの概略図(右) .

電気化学プロセス解析

このテーマでは,表面増強ラマン散乱(surface enhanced Raman scattering, SERS)を利用したマイクロ構造体の内部における添加剤挙動の解析に取り組んでいます.3次元実装デバイス作製において重要な役割を果たすSi貫通電極(through Silicon via, TSV)の技術では,電解析出を利用したマイクロ孔構造(ビア)の埋め込みプロセスの適用が着目されていますが,ビア内部にボイドをはじめとする欠陥構造ができてしまうのを防ぐために,析出促進・抑制を意図した微量添加剤が用いられます.ビア内におけるこの添加剤の拡散挙動が欠陥形成の防止に重要であると考えられており,これまでに様々な研究が行われてきていますが,実際にビア内部の挙動を“そのまま”観察・モニタリングをすることは,一般的な添加剤濃度がppmオーダーであることも相まって,できていませんでした.

これに対して我々は,SERSを利用した化学種の高感度モニタリング法を構築し,ビア内における添加剤拡散挙動の観察に成功しました.ここでは,ビアの内壁にAuナノ粒子を析出させてSERS活性を持たせた上に,それに対面する内壁に光透過性を持たせて内部の微量拡散種のSERSシグナルを検出できるようにしています.添加剤としては,Janus green B (JGB)を用いました.

検討の結果,JGBの拡散係数を算出できたほか,ビア内におけるJGBの拡散を視覚化することにも成功しました(図1,2).

図1 ビア上部(左)と下部(右)におけるJGB由来のピークの時間変化 .

図2 ビア内部におけるJGBのラマンマッピング結果 .
a)ビアの光学顕微鏡像
b)バックグラウンドスペクトル
c)JBG添加30秒後のラマンマッピング
d)JGB添加20分後のラマンマッピング

電析時における電極表面のpH解析

電極反応は多くの場合pHの影響を強く受けますが,電極上でプロトンの消費・生成が少なからず進行することに起因して,特に反応中の電極界面領域のpHはバルク溶液のそれと異なってくることがしばしば指摘されます.このことから,電極表面のpHの解析や,その簡便な測定手法の開発が検討されてきました.

このテーマでは,SERSを用いた電極表面のpH解析手法を提案しています.例としてNi電析時の電極表面のpH変化に着目した研究の結果について紹介します.まずAuナノ粒子を析出させた基板を,SERS基板として作用極近傍に設置します.この基板のナノ粒子にはpHのプローブとなる分子が修飾されており,そのプローブ分子の構造変化はSERS測定によって検出可能ですが,電極反応によって界面のpHが変化すれば,その近傍に置かれたSERS基板のプローブ分子の構造変化の計測によってそれを検出できるという考え方です(図1).pHプローブ分子は,金ナノ粒子に強く吸着可能で,pH増加につれ-COOH部分が脱プロトン化し-COO-へと構造変化するp-MBA(p-メルカプト安息香酸)です.SERS測定の結果,Ni電析時,作用極近傍では(図1のCloser spot),p-MBAの-COO-由来のラマンピーク強度が,時間が経つにつれ増加していることが確認できました(図2(a)).一方,電極から離れた場所では(図1のFarther spot),-COO-由来のピーク強度の増加は見られませんでした(図2(b)).このことから,本手法により電極表面のpH変化をモニタリング可能であると提案しています.

図1 Ni電析における電極表面のpH測定のセットアップ .

図2 (a)作用極近傍と(b)離れた場所でのCOO-ピーク強度の時間変化 .

電極表面プロセス解析

亜鉛二次電池負極

今日の二次電池の需要の高まりに対して,低コスト,豊富な資源,安全性といった点から,亜鉛を負極に用いた亜鉛二次電池が注目を集めています.亜鉛を負極とする一次電池は100年以上前から知られ,二次電池応用に向けても過去に多くの研究がなされてきています.しかし,負極反応(充電: 亜鉛の析出,放電: 亜鉛イオンの溶出)に伴って電極形態が変化することが長寿命の電池設計への課題となっており,今日でも二次電池応用は十分に成功していません.特に放電反応においては,溶解した亜鉛イオンが過飽和となることで絶縁体である酸化亜鉛が堆積し,電池可逆性に大きく影響します.これまでの研究から充電後の電極表面の形態差が,酸化亜鉛の形成に影響する可能性が提案されてきましたが,その詳細な原因は明らかになっていません.そこで当研究室では「酸化亜鉛の制御」という亜鉛二次電池の実用化に不可欠な課題に焦点を当て,酸化亜鉛の析出過程を明らかにすると共に反応制御手法の提案を目指しています.現在の研究では充電後の亜鉛表面の形態は,電解液への金属イオン(PbやSn)の添加によって変化することを利用し,酸化亜鉛の析出プロセスの解析を試みています.またこうした酸化亜鉛の析出挙動を制御することで,可逆性の高い負極反応の設計を目指しています.

図1はPbまたはSnを添加した場合における走査型電子顕微鏡による充電後の亜鉛表面形態の観察結果,図2は放電後の酸化亜鉛の観察結果を示しています.

この結果から添加金属の種類によって,充電後の亜鉛の析出形態が変化すること,および放電時の酸化亜鉛の形態に大きく影響していることが明らかになりました.

図1 PbまたはSnを添加した場合における走査型電子顕微鏡による充電後の亜鉛表面形態の観察結果
a) Pb添加時 b) Sn添加時


図2 PbまたはSnを添加した場合における走査型電子顕微鏡による放電後の酸化亜鉛の観察結果
a) Pb添加時 b) Sn添加時

水素製造用触媒電極

水素(H2)は,石油化学プロセスや半導体,ガラス製造プロセスにおける重要な原料であるのみならず,再生可能エネルギーのキャリアとしても重要な役割を果たします.この水素の製造プロセスとしては,原料として豊富に存在する水(H2O)が利用可能,CO2排出無く生成可能などの利点から,アルカリ水電解プロセスが注目されています.このアルカリ水電解プロセスは古くから様々な研究が行われていますが,大規模な実用化に向けてはプロセス全体のさらなる高効率・低コスト化が必要不可欠となっています.中でも,カソード反応である水素発生反応(Hydrogen Evolution Reaction; HER)の触媒電極については,高い触媒性能を示し低コストな電極の開発が課題となっています.特にこの触媒電極の高効率化に際しては,電極表面上で発生する水素気泡の制御が非常に重要となっており,電極表面構造が影響することが知られています.しかしながら,この詳細なメカニズムなどについては未解明な点が多く存在します.したがって,当研究室では,「電極表面の微細構造が与える影響」という実用化に向けて非常に重要な課題に焦点を当て,マイクロスケールの電極表面微細構造がHERにより生じる水素気泡の挙動の変化を解析し,高効率化が実現可能な電極表面構造の提案を試みています.解析のためのモデル電極としては,微細構造の系統的制御が容易であるNiマイクロパターン電極を適用し,様々な条件を制御することにより変化する気泡挙動について解析を行っています.

図1には,実際に形成したNiマイクロパターン電極の観察結果を,図2にはその電極を用いた気泡挙動観察結果をそれぞれ示しています.これらの結果より,表面微細構造の制御により電極表面の性質が変化することで電極上の気泡径が変化することが明らかになりました.

図1 形成したNiマイクロパターン電極の観察結果
Ni被覆率: (a) 20 %, (b) 22 %, (c) 23 %, (d) 24 %


図2 Niマイクロパターン電極上の気泡挙動の観察結果
(a) 低Ni被覆率,(b) (a)の拡大図,(c) 高Ni被覆率,(d) (c)の拡大図

Si光エネルギー材料・デバイスプロセス

μm-nmオーダーの厚みを持つSi薄膜は,微細構造を有する太陽電池や電子部品等のエネルギープロダクト・ストレージデバイス材料として注目されています.当班では太陽電池級Siの原料である高純度シリカの精製や,太陽電池応用へ向けたSi薄膜の電析による作製を行っています.

 

Si高純度化プロセス

新規太陽電池級シリコンの製造方法として,高純度シリカの利用が注目を集めています.現在,太陽電池級シリコンはシーメンス法で製造されていますが,原料である珪石の産出地は偏在しているため,新たなシリカ源の提案ならびにそれを原料とした新規太陽電池級シリコンの製造法が求められています.その解決策の一つとして,非晶質シリカからなる珪藻土を原料に水溶液状態で高純度シリカを精製するプロセスが提案されています.しかし,半導体特性に影響するホウ素やリンなどの軽元素の効率的な除去プロセスは確立されておらず,課題となっています.この課題に対し,当研究室はマイクロ流路を用いた溶媒抽出によるシリカ中からのホウ素除去を提案しています.マイクロ流路は比界面積が大きく,拡散距離が短いという特長を持ち,さらには抽出と分離を連続的に行えるため,プロセスの高効率化が見込めます.また,抽出工程を2段階にすることでさらなる高純度化を図り,より高効率なデバイスの作成に努めております.

図2. 段階流路模式図

Si光エネルギーデバイス

電析法は微細構造形成が容易なことやセル単位で直接一括形成できる点等から,Si薄膜作製手法として注目されています.そこで当班では有機溶媒やイオン液体中でのSi電析を行っており,そのSi電析薄膜の太陽電池への応用を目指しています.過去に我々はイオン液体中でナノスケールでのSi電析を実現させています [1, 2]が,反応系が未解明であることおよび不純物の混入が課題となっていました.そこで,電気化学水晶振動子マイクロバランス法という電析中の振動数変化から質量変化を算出できる方法を用い,電析反応機構を解析しています [3, 4].また,光照射やパルス電析法による電析条件を変更したSi電析も行っており,両検討より,Si薄膜の低不純物化を目指しています.さらに,太陽電池応用へ向け,電析法でのp-n接合形成を目指す検討も進めています.

図1.電析法で作製したSiナノ構造体

固液界面反応機構解析

無電解析出反応機構の理論的解析

電気化学反応は,固相である電極表面と種々の分子やイオンが溶解した溶液という液相の接する固液界面で起こる不均一反応であるため,極めて複雑な挙動を示します.実験的な手法のみでは,こうした固液界面反応のメカニズムの解明は困難である場合も多いのが現状です.当班では,このような固液界面反応における反応メカニズムの解明を目的とし,分子レベルで解析を行うことができる量子化学計算を用いて,反応を理論的に解析する研究を行っています.我々は固液界面反応を用いた一つの応用例である無電解析出を対象として研究を行っています.無電解析出反応には様々な要素が影響し,関係し合いますが,本研究では理論計算を用いることによって,それらの効果を体系的に議論できるよう工夫しています.これまでにまとめてきたものの例として,金属表面の触媒効果や,添加剤の効果,また,錯化剤の効果などがありますが,ここではそれらについて紹介します.

1. 還元剤に対する金属表面の触媒活性発現機構

無電解析出では電子供給源として還元剤が用いられており,その還元剤の反応に際して反応場となる金属表面が触媒活性を発現することが知られています.その触媒活性発現機構が体系的に議論できれば今後の新規プロセス提案に有用な知見となります.我々は,還元剤の表面吸着や結合解離・形成といった素過程の様子や,その起こりやすさを明らかにするとともに,金属表面それぞれが持つ特有の電子状態に着目し,そうした固有の特性が還元剤の反応性に及ぼす影響のメカニズムを明らかにしました.図1には,本研究の成果例として,無電解析出の還元剤として広く用いられているホスフィン酸のPd表面上における反応機構(a),及び金属表面の触媒活性発現機構(b)を示しています.PdやNiはホスフィン酸の反応に対して高い触媒活性を示すことが知られていますが,それには金属表面の有するd-軌道が重要な役割を果たしていることがわかりました.同様の手法を利用して,同じく無電解析出の還元剤として用いられる水素化ホウ素ナトリウムに対しても検討し,同様の知見を得ています.Cuにおける還元剤ホルムアルデヒドの反応性についてはCuのd-軌道の役割からだけでは説明が困難でしたが,固液界面における水分子と中間体の相互作用,及び,ホルムアルデヒドのO原子とCuの相互作用が重要という知見が得られています.

図1-1 Pd表面上における還元剤次亜リン酸の触媒活性発現機構の解析(a)計算モデル, (b)次亜リン酸-Pd表面の軌道間相互作用


図1-2 Cu表面上におけるホルムアルデヒド由来の中間体の相互作用の様子

2. 添加剤作用機構の解析

無電解析出プロセスでは,析出プロセス速度の制御を目的として微量添加剤が加えられます.この添加剤の作用機構が分子レベルで解明されれば,プロセス設計に重要な知見を得ることができると期待されます.この観点から我々は,添加剤として特に広く利用されているチオ尿素を例に,ホスフィン酸を用いた無電解Ni析出プロセスにおけるその作用機構を解析しています.電気化学測定を通じ,チオ尿素がホスフィン酸反応を促進する作用を有することが確認されましたので,その詳細を理論的に調べたところ,あらかじめ表面に強く吸着したチオ尿素が,その後のホスフィン酸の表面吸着を促進することが明らかとなりました.現在は,高精度ラマン分光法も併用する事でさらに精密に検討を進めています.

図2-1 Ni表面上の次亜リン酸反応に対するチオ尿素の作用機構解析のための理論モデル

3. 錯化剤作用機構の解析

無電解析出プロセスでは,金属イオンの安定化を目的に浴中に錯化剤を加えます.多くの錯化剤は,塩基性条件下で安定な金属錯体を形成することが広く知られていますが,実際の析出浴のpHは塩基性環境に比べて低い場合も多く,そのような環境において錯化剤が金属イオンの安定化にどの程度寄与しているのか,体系的な検討は成されていませんでした.理論計算の結果我々は,代表的な錯化剤である種々のアミノ酸分子に着目して,中性条件においても錯化剤が安定した金属錯体を形成することと,その際には周囲の水分子が重要な役割を果たすことを明らかにしました.この知見は,電解析出プロセスや,自己組織化単分子膜(SAM)を用いたキラルセンシングデバイスにも有用になります.

図3-1 アミノ酸銅(II)錯体の形成機構